とある大便を漏らした者の追憶

うんこ神様を崇める人たち

何故人は便を漏らすのか? そこに便があるからだ。  –  モ・レール・ゼ・ベン

今日は5月というのに最高気温30度と肌がチリチリと焼かれるような夏日だった。

そんな暑い日を自転車に乗り、緩やかな風を体に受けているとあの日を思い出してしまうのだ。

あの日は、いつもより早く目が覚めた。

普段なら目覚まし時計が鳴るまで二度寝を繰り返すのだが朝日を浴びて目が冴えてしまったのかそのまま僕は出勤の支度をいそいそとしていた。

多くの人は朝食を食べ、快便し、仕事に向かうスタイルだと思うが僕は朝は必ずと言っていいほど便意を催さないのだ。

更に言うと朝ご飯も食べない生活が日常となっていた。もしかするとこれが後々起きる事件を解決する重要なファクターかもしれない。

今日は日中暑くなるらしいなと天気アプリで事前に調べて薄着で家を出た。

自転車に跨り、最寄りの駅まで頭の中で好きな曲を流しながらまだ肌寒い朝と暖かな日差しを受け悠々とペダルを回した。

駅に着くとサラリーマンが疲れた顔をして改札を続々と抜けていた。これがいつも通りのルーティンならこの日本はどうかしていると思う。

Suicaで改札を抜け、そこそこ混んだ車両に乗り込んだ。

扉が閉まり、ゆっくりと電車は動いていく。

電車に乗っている時間は僅か5分。

 

 

ただその日は、その僅か5分が永遠のように感じた。

 

 

大体電車に揺られて1分した頃だろうか、腹の調子がほんの少しだけご機嫌斜めだった。

僕の大腸は人より弱めで電車やバスなどの閉鎖空間では忽ち悲鳴をあげやすい。

ただ、そんな僕も大人になってから最長15分は耐えることができるようになっていた。人体の神秘だ。

残り4分で駅に着くのなら、万が一下痢でも余裕で間に合うだろうとタカをくくっていた。

 

 

そんな時事件が起きた。

 

 

眠りにつくようにゆっくりと電車が減速し、終いにはその場に止まってしまった。

どうやら前にいる電車が車両点検で駅に止まってしまっているみたいだった。

 

車両点検ってなんだよ、運転する前に点検しとけよ。

あ、もしかして大便をわざと漏らさせるような秘密結社かなにか?

そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな。

エーミールじゃなくてもそう言うよ。

 

その時ばかりは車掌さんからのアナウンスが悪魔の囁きに聞こえ、この電車の行き先も地獄に変わったと錯覚した。

大体車両点検は5分くらいで終わるが、加算すると目的の駅まで到着するまで残り9分、僕の脱糞我慢限界時間は15分。

頭の中でKAT-TUNリアルフェイスの1フレーズが流れた。

ギリギリでいつも生きていたいから・・・
さぁ、思いっきりブチ破ろう
(あ〜あぉうあ〜あおぅ〜イェーイ)
リアルを手に入れるんだ

ギリギリで生きたい人などいるのだろうか、いやいない。人は皆余裕を持った暮らしに憧れる。

この曲を唄ったKAT-TUNと作詞した人間はいつもわざと脱糞を我慢しているのだとでも言うのだろうか。

JOKERも真っ青になったこの瞬間、天国へのカウントダウンが始まった。

まず僕は周りをゆっくりと見回した。

実は電車内にトイレが付いているものもあるので、安息地を探したのだ。

恐らく乗車している電車にもあることはあるのだか、乗車率が大体100%なのでトイレがある車両まで移動できないことが分かった。

次に周りにいる人の男女比を確認した。9:1その内僕と隣り合っている女性は0人

一先ず仮に漏らしたとしても、女性からピンポイントで誰が漏らしたかというのは分からないということを確認した。

おじさんには悪いがもし漏らしたらおじさんが疑われるかも、そしたらごめん。

この段階で僕の肛門バリケードの限界値は70を越えていた。

70を越え始めると冷や汗が出始め、少しの動きでも状況が悪化するので要注意だ。

例えば、体重をかけていた軸足の変更なども肛門に与えるストレスは大きい。この時日頃良い行いを積み重ねたものは稀に便意が手を引いてくれることもあると、かの有名な脱糞メカニズムを解明した学者、モ・レール・ゼ・ベンは綴っていた。

次に僕は意を決して懐からイヤホンを取り出して音楽を聴き始めた。

頭の中ではリアルフェイスが流れているが、僕には気を紛らわすために生身の音を耳に入れておくことが必要だった。

その時はArtOfficialBig City Bright Lightsを流した。テンポが良いラップだ。

こう言った状況でテンポが遅い曲を流すのは得策ではない。

時間の流れを少しでも早めるために、またはそう錯覚させるために早口のラップが都合が良いのだ。

ラップの内容は全くもって何を言っているか分からないが、聞いている内に車両点検が終わっていた。

この時のアナウンスは天使の福音の如く、人の悦びを具現化した高尚で尊厳たるこの世で最も美しい歌声のようだった。

残り4分、やるべきことはまだある。最後まで希望を捨ててはいけない。

お腹に抱えたリュックを強く抱きしめ、お腹にいる赤ん坊のような大便を温めた。

まるで卵を孵化させる親鳥のように優しく、慈しむ。孵化させてはいけない、そう強く願いながら。

と、ここで僕のお腹の中の茶色が眠りについた。

ネアンデルタール人の生き残りと言われている、ぽんぽんよわよわ人からしたら共感を得れると思うが便には波がある。

 

 

肛門はテトラポッド、大腸は海、便は波だ。

 

 

波は時に閑静になり、嵐のような日には波は荒れる。腹の中の天気は今まで雨だったが、雲の切れ間から太陽がこちらを覗いていたのだ。

ほっと一息つきながら、窓の外を眺めているといつも見る景色が何処か美しく思えた。

 

到着まであと1分。

 

ここまでくると次の駅名をお知らせするアナウンスが入る。

ここで油断してはならない、人は3秒で糞を漏らすことができる生き物だ。

その日の僕は安堵と同時に体重をかける軸足を変えてしまったのだ。

誰にも見えない太陽が隠れて、どす黒い雲が空を覆った。次第に雨が降り、波がゆっくりと揺れ始めた。

途端に吹き出る冷や汗は脇と尻をジワリと濡らした。

更に驚いたのが窮地に立たされた人間の身体は時に生物としてあり得ない行動を取ったのだ。

 

 

僕の膝裏からとめどなく汗が流れ、靴下を湿らせた。

 

 

風景がスローモーションになっていく、これは幻覚じゃない、目的の駅まで近づいているから減速しているのだ。

電車を降りてしまえば、漏らした時の周知からの羞恥というリスクだけは無くなる。

遂に窓からの景色が街並みから人に変わった。

ゆっくりと扉が開き、まるで何事も無かったかのような顔で地上への一歩を踏み出した。

 

ここからが本当の地獄だ

 

勝った・・・夜神月のように心の奥でほくそ笑んだ僕を神様は見逃していなかった。

駅に着いたら便所の確保をしなくてはいけない。

・・・と、ここで多くの選択を強いられることになる。

僕のような状態になっている人、もしくは僕のような状態にならないように事前に準備をしている人が当然いる。

特に朝方の乗車ピーク時はその数は増える。

ということは今トイレに行っても並んでいて入れないのでは?次に近いコンビニのトイレは逆方向なので駅のトイレが並んでいるかどうかを確認する移動距離と時間が無駄なのでは?と考える。

この時の僕は駅のトイレを使わずに次に近いコンビニのトイレを利用することにした。

その距離約100m。高校時代であれば12秒で走れる距離だ。そう考えると近いが腸に爆弾を抱える者が走れるわけがない、走れたとて、3m位が関の山だ。

そんな計算をスーパーコンピューター京よりも早く算出しながら早歩きで歩いた。

歩く速度も波の状態を見ながら的確に合わせる。

ケツの筋肉もキュッと締めて肛門に我慢を記憶させる。

但しケツの筋肉を締めて歩くとモデル歩きのようになるのでハタから見たら違和感があるので気をつけよう。

やっとの思いでコンビニに着いた、入り口から入って左側約8mを歩けばトイレが2つある極楽に辿り着ける。

但し今日は様子が違った。最初は立ち読みをしている客かと思ったら、化粧室の外まで2人も並んでいた。

この時の僕にはとても2人待ちの状態で耐えれる波ではなかった。

すかさず第3の便所をイーグルアイで見渡して探した。それはコンビニから約200m歩いたところにある公園だ。

この公園は多目的トイレが1つ、和式便所が1つある。更にここを通勤ルートにしている人は少ないので勝機があった。

このままジッとしていては漏れてしまうので、すかさず向かった。

肛門限界値95!パターン茶、下痢です!

 

 

もうやばい、これはやばい、ああやばい、もうどうしようもない、ぬあぁやばい、それはやばい、だからやばい、やばいやばいやばい、やばいばいばいばいばいばいティア、ひぇええええ!!!!

 

 

限界値95を越えるとこのようにやばい以外何も考えられなくなる。

耳から流れるArt Officialもこのレベルまで達すると最早無音だ。

 

 

残り100m。

 

 

 

 

もういっそ漏らしてしまおうか。

 

 

 

 

人は弱い生き物だ。甘い生き物だ。儚い生き物だ。目的達成まで残り1%の状況でも現状の苦痛から逃れたくて仕方がないのだ。

 

ここで漏らしたとして、一回トイレでパンツだけ脱いでビニール袋に入れる。入念にケツを拭いて、念の為ズボンに匂いが移っていないか調査する。問題ない場合は、コンビニに行ってパンツを買う。パンツだけだと不自然なので、パンツとTシャツ、顔拭きシートを買って、ああこの人昨日風呂入ってないんだなって店員さんに思わせる。それはそれで嫌だが、ああこの人うんこマンだ!と思われるよりは全然良い。うん、心がずっと楽だ。

 

こんなことを一瞬で考える。

 

 

残り50m。

 

 

ここまで来ると、神に祈り始める。

 

 

神様罪深き私をお許しください。

神様聞いてください、僕は今までどんな犯罪も犯したことがありません。

むしろ道に迷った老婆に道を教えてあげたり、落ちている眼鏡を交番に届けたり日頃から良い行いを続けてきました。

どうか神様僕を守ってください、今日だけで良いです、今日以外の全ての日を犠牲にします。

人を助けて稼いだ善人のポイントもここで全て使います。

どんな風に貶されようが、どんな風に罵られようが絶対に挫けずに命を全うします。

人助けも率先して行います。毎日、神様に感謝のお祈りもします。

どうか今日だけ、いや今日の今この瞬間、5分でかまいません。

私のお腹の中で暴れる波をまるで赤ん坊が揺りかごに揺られるようなそんな穏やかな菩薩のような波にしてください。

太陽にこんにちは、させてください。

どうか、お願いしま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は死んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、全てがどうでも良くなった。

政治、権力、不平等、紛争、喧嘩、事件・・・
あらゆる事柄が一瞬に真っ白な更地になった。

残り20mのところだった。

 

 

トイレは予想通り空いていた。

 

 

この際誰か入っていても気にしなかった。

 

 

もう、パンツの中で産声をあげているから。

 

 

匂いはしなかった、距離が近いようで遠いから。

 

 

淡々と処理をした、パンツを脱いだ、ケツを洗った、ノーパンになった、コンビニへ行った、パンツを買った、トイレでパンツを履いた。

 

 

ここまで来れば、先ほどの一連の流れが無かったことになる。

だって、家を出るときと全く同じ状況だから。

ただ1つだけ違うのは、いつも使っているリュックの中に、うんこが付いたパンツがあるだけ、ただ、それだけ。

この時からだ、僕が一切の神を信仰せず、生物として規則正しく生活をするようになったのは。

To Be Continued.

日記
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